アフリカへサファリに行く
セレンゲティ編(4)
アフリカへサファリに行く
セレンゲティ編(4)
砂地を行くキリンの隊列
サバンナに和み空間があるとしたら、それはキリンのまわりになるだろう。キリンがいると、なぜだかあたりがほっこりとして見えてくる。すくなくとも私には。
長い首。黄色い体に茶色の斑紋。カールした濃いまつげ。瞳がちな垂れ目。数メートルの長身に愛嬌のある顔立ちをしているが、そんなキリンに外敵はほとんどいないと言われている(子どものキリンをのぞく)。マサイキリンはライオンやハイエナが狩りをするには大きすぎ、また後ろ足での強烈な一蹴りはライオンに致命傷を与えるほどの威力を持つ。長い首も強力な武器となり、オス同士がメスをめぐって首と首をはげしく打ち合うこともある。
彼らの好物はアカシヤの葉。サバンナでよく見られるアカシヤは、鋭いトゲに覆われている。葉は2〜3センチと短いのに、付け根に生える白いトゲは10センチ近くあり、まるで牙のようにも見える。宿のあったテントのまわりもあちこちに大小のアカシヤが生えていて、うっかり近づくと肌を傷つけてしまうほどだった。そんな防御の堅い葉を、キリンは丈夫な舌を使ってきれいにからめ取る。たとえトゲを口にしても、強力な粘膜が口内や体内を保護しているため害はない。
動物は見かけによらない。
しばらくして。
高台にきた私たちは、遠くの低い砂地の上にニョキニョキ突き出る煙突のような影を見つける。茶色っぽいその影は、いくつにも連なってゆっくりと動きつづける。これだけ離れたところからでも、けっして見紛うことがない。
移動中のキリンの群れ。
「行ってみよう!」
シンバが眼下の砂地へと車首を向ける。道と呼べるようなものはない。高台から砂地へ向かってダイブするような格好だ。
あまりに道がわるいので、車内がグラグラ揺れている。しっかりつかまっていなければ、振り落とされそうな勢いで。サファリカーは揺れに揺れ、お尻がバンバン硬い座席に打ちつけられる。はたして破れはしないかと、その割れ目に不安がよぎる。
あたりはすごい砂埃。車内もいよいよくすんで見える。白っぽいジーンズが茶色のグレーに変色する。リュックサックのジップの閉じ目、麦わら帽子の穴という穴、あらゆる隙間へ砂埃が侵入する。困った乗客が目を瞬かせているうちに、キリンの群れがすぐそこまで迫っている。
ちょうど川が干上がったような砂地の上を、14頭のキリンの群れが悠々と歩いていく。子どもは大人に守られている。子どものキリンはライオンに狙われる危険があるので、大人たちが群れの子らを保護している。
私たちが歩くとき、手と足の組み合わせは、右手と左足、左手と右足がそれぞれセットになっている。キリンと言えばその逆で、右の前足と後ろ足、左の前足と後ろ足を同時に踏み出し歩いていく。
彼らがこちらに注目する。足を止めてじっとこちらを見つめる大人のキリン。
やや入り乱れていたキリンの群れが、あっという間に見事な隊列をなしていく。まるで瞬時に警戒モードに切り替わったかのように。先頭は大きなキリン。それに続いて子どもを含んだほかのキリンがずらりと並ぶ。しんがりも大型だ。しかし彼らは焦っていない。ペースを乱さず平然と歩き続け、だれかがパッと駈け出す気配も感じられない。私たちが無害であると知っているのだろうか。あいかわらず押し黙り、整列を崩さない。
風が強まり、まるで霧を集めたみたいに砂埃が舞い上がる。
キリンの群れがだんだん霞んでぼんやりしてくる。あたりにほかの動物は見当たらない。サファリカーの人間だけがこの光景に息を呑み、ただただ圧倒されている。
やがて彼らは砂の中に消えてしまう。