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村上春樹さんの短編『Cream』がニューヨーカーに載っていた。

“Cream” by Haruki Murakami

あらすじ:
18歳で浪人中の「僕」は、以前同じピアノ教室に通っていた女の子から、ピアノのリサイタルの招待状を受け取る。予期しなかった招待に僕はすこし戸惑うが、返信用のポストカードを投函し、リサイタルへ行こうと決める。11月の灰色の空の下、招待状と赤い花のブーケを手に山頂の会場へ向かう僕。しかしそこには誰もおらず、会場の建物は長いこと使われた気配さえない。しかたなく僕は山を降り、公園のベンチで休憩をとるのだがーーー


すこし飛んで、物語の後半部分。


ベンチで休む僕の前に老人が現れて、不思議な「円」の話をする。
その「円」は中心がいくつも(あるいは無数に)あって、しかも外周をもたないという。

「中心がたくさんあって、外周をもたない円」
「そういう円を、君は思い描くことができるかね?」

A circle with many centers but no circumference とあった。

読みながら、頭の中でそれを想像しようとした。
空間に点がぽつぽつ広がって、そこから見えない透明な外周が縮んだり拡張したり、ぐるぐると回り始めた。
外周は無限になり、外周が無限になると、中心も無限になった。

A circle with many centers but no circumference.

気になって、読み終えてからインターネットで検索すると、”Nicholas of Cusa”という単語がもっとも上部に示された。
ニクラウス・クザーヌス。15世紀のドイツの哲学者、宗教家、枢機卿。
彼の言葉がこう紹介されていた。

God is an infinite circle whose center is everywhere and whose circumference is nowhere.
「神とは、至るところに中心をもち、しかも外周をもたない無限の円である」

「ほう……」

もうすこしだけ調べてみると、こういった神の定義は作者不詳のラテン語の小冊子「Liber XXIV philosophorum」に由来しており(「円」の単語が「球」に置き換わったりする)、その冊子では24の神の定義に言及されているという。
これはまた、4世紀の哲学者マリウス・ウィクトリヌスに属しているとの記載もあった。

つまり老人の不思議な「円」のフレーズは、少なくとも4世紀まで遡ることができるのだ。

「なるほど……」

そう思うと、たしかに冒頭に書かれているとおり、主人公の語る不可解なできごとも「太古の歴史」に通じているのかもしれなかった。

(冒頭)つまりそれは、ずっと以前に起こった何か、太古の歴史だった。そのうえ僕はそれについて、いかなる結論にも達することができずにいた。

あの奇妙な老人の謎かけもーーー「中心がたくさんあって、外周をもたない円を、きみは思い描くことができるかね?」ーーーじっさい歴史を遡っていくと、神とは何かめぐる壮大な太古の問いに、通じ合っていると言えるかもしれない、と。

「うーん……」

しかしながら、また一転。

上記のようなごちゃごちゃした追跡は、いかにも考えすぎというか、結局どうでもいいのだろう。

Nicholas of CusaやLiber XXIV philosophorumについて、作者自身が具体的に意識されているようには思えない。それどころか、そんな話は「読んだこともない」「よくわからない」という可能性すら濃厚だと思うのだ。

けれどもいっぽう、神をめぐる議論ひとつとっても、村上さんがその本質をおどろくほど正確に、かつ自然体に語ることができるのは、自らがくぐってこられた膨大で幅広な書物と音楽、その総量、そしてそこから凝縮された歴史観、宗教観、思想観を礎にものを語るという行為、その「Cream」のためであると思われる。
だからこそあとのこと、その他のことは「どうでもいい」と言うことができるのかもしれない。
そんな地点に到達できるということは、本当に凄いことだ。


短編『Cream』とあわせて、ニューヨーカーの短いインタビューも読んだ。
題名は「村上春樹に聞く:正しい問いを立てること」。

Haruki Murakami on Asking the Right Questions

-物語に登場する老人の謎かけに、あなたは答えをお持ちですか?「中心がたくさんあって、外周のない円」は存在するのでしょうか?

僕は信仰に相当するようなものだと思います。特定の宗教である必要はありませんが。

-語り手は、あの日何が起きたのかという謎を解くことはしませんでした。しかし彼は何かを学びとり、以来それは彼の中に存在しつづけています。答えがないということが、答えになるのでしょうか?

正しい答えを見つけるよりも、正しい問いを立てるほうがよいときが往往にしてあります。僕はそれをいつも心に留めていますし、小説を書くときも同じです。

-物語の舞台はあなたが育った神戸です。「Cream」という作品にこの場所を選んだのはなぜですか?

この18歳の青年が見る景色と、神戸の景色が僕の中で混ざりあったからです。

-この物語は、現在取り組んでいらっしゃる新しいシリーズやコレクションの一部なのでしょうか?

それについては考えていませんでした。でも今あなたに指摘されて、もしかしたらシリーズに(あるいは長編小説に)できるかもしれないと思いました。ご提案ありがとう!

 

挿絵は川内倫子さん。

>>> “Cream” by Haruki Murakami

Your brain is made to think about difficult things. To help you get to a point where you understand something that you didn’t understand at first. And that becomes the cream of your life. The rest is boring and worthless. That was what the gray-haired old man told me. On a cloudy Sunday afternoon in late autumn, on top of a mountain in Kobe, as I clutched a small bouquet of red flowers. And even now, whenever something disturbing happens to me, I ponder again that special circle, and the boring and the worthless. And the unique cream that must be there, deep inside me. 

『Cream』を読まれたかた、どうお読みになりました? :))